いい絵本み〜つけた!!(特別編)
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絵本は、絵と文・物語が一体となった芸術の一分野であり、(学習絵本を悪く言うわけではありませんが)学習すべき事や、物語を分かりやすくするための、いわゆる学習絵本と混同すべきではないと思います。
その証拠に、ほとんどの絵本は「絵」と「文」どちらが欠けてもつまらないものになってしまいますし、すばらしい絵本には高い芸術性とすばらしい思想があり、大人も子どもともに感動します。
また、もちろん子どものためであるのだけれど、大人にも読んでいただきたい絵本も多いですし、どちらかと言えば子どものためではなく、大人のために書かれた絵本も数多く存在します。
今回は、絵本紹介特別版として「大人のための絵本」・「大人にこそ読んでいただきたい絵本」を紹介しますので、よろしければ読んでみてください。
星の王子さま
パイロットだった著者が、実際にサハラ砂漠に不時着した経験をもとに、生涯でただ一冊だけ書いた絵本。
「おとなは、だれも、はじめは子どもだった。(しかし、そのことを忘れずにいるおとなは、いくらもいない)」という文があまりにも有名な世界的大ベストセラーです。
小さな小さな星に住んでいた、今にも壊れそうなほど繊細で、純粋な性格の「王子さま」が、砂漠に不時着した「ぼく」に、今まで経験したこと、出会った人、そしてその中で感じたことを、話してくれます。その話は、荒唐無稽でありながら、私たち大人が忘れてしまった思いや感性を思い出させてくれるような示唆に富んでいて、時にハッとさせられます。
著者生誕100周年を記念し、唯一のオリジナル版である米国版で復刻されたことも話題になりました。
よだかのほし
「よだか」は実に醜い鳥でした。その容姿故に同じ鳥たちには疎まれ、蔑まれ、またその名の故に鷹に嫌われ、脅されていました。
ある日「よだか」は、このような自分であっても平気で羽虫を食べ、また、食べ続けなければならない宿命であることに気がつき、愕然とします。そして、この辛く哀しい宿命から逃れようと一直線に空に向かってとんでとんで、ついに青白く燃える星となります。
現在も遺した作品のみならず、「生き方そのもの」までも色濃く伝えられている宮沢賢治さん原作の絵本です。
でんでんむしのかなしみ
ある時、でんでんむしは不意に「私の背中の殻の中には、悲しみがいっぱいつまっているのではないかしら?」という漠然とした、しかしとてつもなく恐ろしい不安に駆られます。
そこで、友だちのでんでん虫に次々と聞いてみます。ところが返ってきた答えはすべて「あなたばかりでありません、私の背中にも悲しみはいっぱいです。」でした。
「悲しみを背負って生きていかなくてはならないのは、決してあなただけではありません。人は全て悲しみを背負って、悲しみとともに生きているんですよ。」と、優しく諭してくれるようなすばらしい絵本です。
美智子さまが、IBBY世界大会のビデオ講演にて採りあげられ、再び脚光を浴びた新美南吉さんの作品です。
現在は、かみやしんさんの絵で絵本も出版されています。(他4作同時収録)
わすれないよ、おばあちゃん
「老人性痴呆」という難しいテーマを、真っ向から描いている絵本。
優しくていろんなことを教えてくれたおばあちゃんが、物忘れがひどくなり疑問に思うさま、痴呆症状が進み振り回されるさま、そしてそれに伴う家族の苦悩が、少女「私」の視点を通して、とてもリアルに描かれていますが、「老人性痴呆」について(おばあちゃんの尊厳を奪うことなく)分かりやすく教えてくれるお母さん、現実を真摯に受け止め、愛情を失うことなく介護するおじいちゃんのためか、この種の本にありがちな「説教臭さ」や「暗さ」は全く感じません。
痴呆症状が進み、養護ホームに入所したおばあちゃんに毎日会いに行くおじいちゃんとお母さん、「どうせ分からないし、覚えてもいないのにどうしてそんなに会いに行くの?」と不思議がる周囲の人、優しかったおばあちゃんを忘れない「私」というように、一つの事象(おばあちゃんの「痴呆症状」)に対するとらえ方の対比がとても印象的で、ずしりと心に残ります。
いくら「痴呆症状」が進んだとしても人格を尊重し、愛を持って介護することのすばらしさ、大切さをじっくり考えさせてくれるすばらしい絵本ですから、特に現在社会福祉の場で活躍する人、またこの分野に進もうと考えている人には是非読んでみてください。
地雷ではなく花をください
全世界から、今も数多く埋められたままで、日々何の罪もない民間人を殺傷し続けている「地雷」という兵器が無くなることを願って書かれた絵本。
地球の大切さ、戦争の愚かさ、そして「地雷」という兵器の非人道性を、サニーちゃんが切々と語ってくれます。
売り上げ利益が、「地雷」除去のための費用に使われることも話題となった絵本です。
現在でも、「続」、「続続」、「ありがとう」など、続いています。
やさしいあくま
人気ミュージシャン「19」のCDカバーイラストで有名な、なかむらみつるさんが書いた初めての絵本。
フウは、町外れでおばあちゃんと二人で暮らしています。「(実際はそうでないのだけれど)おばあちゃんの不治の病気がうつるから…」という理由で、友だちは一人もいません。だけどフウは平気です。だっておばあちゃんがいるからです。
フウが、いつものように森におばあちゃんのための薬草を探しに行くと、いつしか見たこともない場所に来てしまいます。そこで出会ったのが「あくま」のチュッチュでした。お互い今まで友だちのいなかった二人は、昨日より今日、そして今日より明日といった感じで、すぐになかよしになります。
しかし、ある日・・・・・。
ポップな絵と、もの悲しくも心が洗われるような物語でベストセラーになりました。
ぼくはくまのままでいたかったのに・・・・・・
森のおくに一匹のクマが住んでいました。冬になり、クマは洞穴に入り冬眠を始めました。
ところが冬眠からさめてみると、なんと森は忽然と消え、工場が出来ていました。あまりのことに呆然としていると、「おい、お前、とっとと仕事に就け!!」と怒鳴られます。なんとクマは人間に間違えられ、弁解むなしく顔の髭(毛)を剃り、作業服を着て工場で働くことになってしまいます。
はたして、クマはどうなってしまうのでしょうか?
クマのままクマらしく生活していきたかったクマと、人間の横暴ぶりや身勝手さを対照的に描いたユーモラスながら考えさせられる絵本です。
どんなにきみがすきだかあててごらん
ある野原で小さなウサギと大きなウサギがお話ししています。
小さなウサギが小さな腕をいっぱい横に広げて「ぼくはこんなにきみが好きだよ」と言うと、大きなウサギは、大きな腕をいっぱい横に広げて「ぼくはこんなにきみが好きだよ」と言います。
小さなウサギはびっくり。がそれに負けまいと、小さな体をいっぱい空に伸ばして「ぼくはこんなにきみが好きだよ」と言うと、大きなウサギは大きな体をいっぱい空に伸ばして、「ぼくはこんなにきみが好きだよ」と言います。そんな会話が何回か続き、いつしか夜となり、小さなウサギは考えすぎて眠くなってしまいます。
親を慕う子の気持ちと、子を愛し思いやる親の気持ち(読みようによって二者の関係は違ってくるかもしれませんが、私は勝手に父子と解釈しています)が、微笑ましく洒落のきいた会話の中に凝縮されているすてきな絵本です。
いつでもいっしょ
犬のシロは、みきちゃんが大好き。だって、いっしょに遊んでくれたり、散歩してくれたり、食べ物をくれたりしていたからです。
だけど今は・・・・。
シンプルかつポップな絵と、心にしみる物語で話題となり、「癒し系の絵本」としてベストセラーになりました。
同著者の「君のためにできるコト」も好評発売中です。
かようびのよる
『すしあざらし』と同じく、文字が全くと言っていいほどない絵本。しかし、共通点はそこまでで、『すしあざらし』が「シンプルな可愛らしい絵」であるのに対し、当著は「描き込まれた可愛らしい絵」であり、また、前著が「実在しない生物(?)の実在しそうな出来事」を描いているのに対し、当著は「実在する生物の実在しそうもない出来事」を描いているるという点で、全く異なります。
やはり『すしあざらし』と同様、絵だけで物語が進んでいくため、自分の中で物語を補完しなければならない部分が多く、(子どもにもお薦めはできますが)どちらかと言えばおとなが読んだ(見た)方が面白く感じる部分が多いと感じましたので、こちらに紹介しました。
カエル好きの人には是非読んで(見て)ください。
その他
もちろん今まで紹介した「いい絵本」は、全て大人にも読んでいただきたい絵本ですが、
その中でも「特にお薦め」を選んでみました。
カッコ内は紹介している番号です。葉っぱのフレディ(1)
さっちゃんのまほうのて(1)
すしあざらし(1)
100万回いきたねこ(3)
しろいうさぎとくろいうさぎ(3)
クイールはもうどうけんになった(5)
ずーっと ずっとだいすきだよ(7)
ぼくを探しに(11)
おおきな木(12)